weekly? どころか monthly? の更新になってしまってます。とにかく体調がすぐれないのが原因なんですが、まあ、それは言いわけでしょうか。 どうぞご容赦ください。 さて今回は、ジョエル&イーサンのコーエン兄弟が監督した『ノーカントリー(No Country For Old Men)』のレビューです。 映画は主人公ベル保安官(トミー・リー・ジョーンズ)の独白から始まります。 舞台はテキサスの荒野。 でも映画の大半は、麻薬密売の現場から金を持ち去ったルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)と、彼を追いかける殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)の物語を中心にサスペンス・アクション風に展開されていきます。 ベル保安官はというと、二人を追いはするものの、物語の周縁でほとんど有効な活躍はできないでいる。 まるで彼はこの映画の主人公ではないかのようです。 もし冒頭の独白がなければ、僕たちはきっと映画の終盤まで、主人公はルウェリンだと信じていたかもしれません。 もちろんこれは監督のコーエン兄弟の意図によるものですが、ではいったいどうしてでしょうか。 たとえばベル保安官が麻薬密売の現場を検証するシーン。 彼は現場まで車で向かい、現場に到着してから荷台で運んできた馬にまたがっている。 考えてみればひどく滑稽な光景です。 あるいは殺し屋シガーの武器について、ベル保安官と部下が話し合うシーンがあります。 彼はそれが高圧ボンベだとわかっているのに、そのことをはっきりと認めようとはしません。 彼にとって「銃」以外で殺害された者は自然死ということになってしまう。 「最近の犯罪は理解できない」というわけです。 馬にまたがることに固執するのと同様、西部劇の時代以来のアメリカ的伝統である「銃」による犯罪にこだわること。 それは彼がすでに時代錯誤的で、帰るべき場所を失くした(no country)、old men の一人だということを語っています。 だとすれば、こうしたシーンを積み重ねていくことで、この映画が撮られることも可能だったはずなんですね。 そのときベル保安官は物語の主人公として、その中心に位置していたことでしょう。 映画は一人の「old men をめぐる物語」をほどよく感傷的に紡いでいてくれたかもしれません。 でも実際にはベル保安官は物語の中心から疎外され、「old men をめぐる物語」は半ば放棄されてしまったわけです。 そう、彼は物語の中心から周縁へと追いやられて、疎外された映画の主人公です。 いわば映画の中で自分が位置すべき場所を失った主人公なんですね。 主人公を物語から疎外し続けることで映画の語りを紡いでいく。 そのとき、映画は「old men をめぐる物語」ではなく、「old men の映画」になるんじゃないか。 物語からベル保安官を疎外していく映画の語り、それこそが彼を old men にする。 監督のコーエン兄弟の企図はそこにあるように思います。 映画の最も美しいシーンのひとつは、ですからベル保安官のためにではなく、殺し屋シガーがルウェリンの妻カーラ・ジーン(ケリー・マクドナルド)のもとを訪れるときにやってきます。 カーラ・ジーンがコーヒーカップを手に部屋に入ってくるロングショット。 ショットが切り替わって窓をとらえると、一陣の風が吹いてカーテンがそよぎ、その向こうにシガーの車が見えます。 リビングにカメラが移ると、そこにはソファに座るシガーの姿がある。 このときの風の美しさ。 そしてそれが美しければ美しいほど、ベル保安官の不在が際立つように思います。 「weekly? ぱんだnoきぐるみ」ご訪問ありがとうございます。 ●参加してみました(映画評論・レビュー部門)。
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NO COUNTRY
映画の中では笑いません。 久しぶりに会社帰り映画観てきた。 金曜日だって言うのに、 めずらしく酒が飲みたい気分でもなくて、 かと言ってまっすぐ帰るのもなんとなくさびしいから、 たまには映画でもなんて思いつつ、 たて続けに2本も観て来てしまった。 その1本がこれ。 .. ...続きを見る |
へでいくっ! 2008/04/12 00:42 |
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